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元バンドマンが音楽活動再開して余生を生きてます

音楽活動

バンドマンはライヴハウスばっか行かないで大きな会場でもライヴを観るべき。

更新日:

 

どーも、るしる(@646blog)です。

 

前回のお話。

浦島状態の元バンドマンが10年ぶりにライヴハウスへ行ったお話

の続編です。「浦島元バンドマンが大きな会場でライヴを観たの巻」

 

時代は再結成ブームでござった。

 

 

ライヴハウスに行き、目が覚めたといえば覚めた浦島さんでしたが、

「そうだ、バンドをやろう」

なんて、新幹線に乗れちゃうテンション、フットワークの軽さはありません。

 

現実玉手箱開けなくても、10年のブランクで老朽化してたわけです。

 

ただ、ライヴに足を運ぶ事には、抵抗なく行けるようになりました。

そんな中、メジャーの国では再結成ブームが起きておりました。単純に嬉しかった。

 

それは

「バンドやる前に好きになったアーティストたち」だったからです。

 

バンドマンの感覚(その感覚ってなんだよ、いつ話すんだよ)無しで

キャッホーできる、10代の自分に戻れたのです。純粋に「スキー!ムキー!」って感情だけ。

 

でも、その感情も大切だと思うんです。

自分が作り手、表現者に回った時、意識は変わります。その意識が明後日に行くと、

バンド始めた時の感情や、楽しみ、喜びを忘れてしまいます。

 

実際、メジャーのアーティストも自分が好きなアーティスト観に行ってキャッホーしてるじゃないですか。

 

これ思い出すと、なんでも出来ちゃう気がするんですよね。

 

そこには初期衝動のログが残っているから。

そのスイッチはライヴにある。

 

 SEKAI NO OWARIが魅せてくれるもの。

ライヴは赤字と言われる時代にですよ。

 

 

これって健全だ。こうあるべきだと思う。それを今の時代にやってくれています。

楽曲やバンドの表現の一環として、ステージもセカオワにとっては重要だと思うのですが、

 

めちゃくちゃ夢があるじゃないか!

 

昔のアーティストと違うのは、インディーの時からセカオワという世界をがっちり作り上げているところ。

ジャンルとかそいうの関係ないと思う。これだけの人を惹きつけられる力とか学べる。

この距離感とかもステキ。手の届かない大きな世界。

 

ライヴハウスじゃ無理。

大きいの観ないと、小さいのも見えなくなる。

 

大きな会場で見るのも大切だと思ったキッカケは

 

氷室京介のLAST GIGS 東京ドーム最終日でした。

 

もう「ソロアーティストの終幕」って意味で観に行ってたのに、

大阪2日目と、東京3日間行ったのに ←(完全に氷室好きキャッホーモード全開)

アリーナとスタンドで観る事ができましたが、最終日はバックネット裏。

ど真ん中で観たらですね、

変なスイッチ入りました。

 

 

演出すげええええええ!!!!

 

 

オセンチ気分どころじやねぇよ、なんでこんな景色違うんだよ。

ドラムに合わせて動くライティングとか鳥肌立つだろ。

豆粒にしか見えない氷室のモーション美しすぎるだろ。

オーディエンスのうねり、こんな動きしてるのか。

これ、ステージから観たら気持ちいいだろうなー。

 

6畳一間の宅ロッカーには活かせぬものですが、

表現のフィールドの広さに「つうこんのいちげき」でした。

 

ライヴやってる身だったら、もっとやられてたと思う・・・

 

 

音楽辞めたブランク入れても、何度もドーム観に行ったことあっても、感じなかった世界がありました。

運だけど・・・

 

ど真ん中で観る景色全く違う。

 

ライヴハウスも真ん中で体感しようと思う。

まとめ

 

「大きな会場で観た方がよい」と思ったのは、バンドやってた頃なら、ステージングって言ってたかもしれない。

でも、最近ライヴハウスばっか行ってたから、その空間だけじゃダメだなと。

「知る」ってことも大切で、作るにしても、演奏するにしても、こういうブースターは、たまに踏まないと自分も循環出来ない気がしました。

これから賑わうフェスなんて凝縮して観れるから、おいしいと思う。

「ライヴって素晴らしいですね」

と6畳一間の宅ロッカーがお届けいたしました。

ここでもいい夢まだ見てるぜ。

 

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